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Stonehenge
Stone Circle, Henge and Standing Stone
Wiltshire
SU 123422

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サークルの中心から北東にあるHeel Stone=ヒール・ストーンを見たところ。ストーンヘンジには北東方向から入る入り口があり、ヒール・ストーンはかつては対になって置かれていた門柱のような形だったともみられている。入り口へには近くのエイヴォン川から延々と通路(アヴェニュー)が続いており、現在もその痕跡が残っている。夏至の朝にはサークルの中から見ると丁度この入り口方向から日が昇り、冬至には最も大きな三石塔の支柱の間に日が沈む設計になっており、この施設を作った人々の世界観に結びついた構造とみらている。ストーン・サークルの石の位置に関しては天文学的な現象と結びつける仮説が数多くあり、ストーンヘンジの石の配置も様々に論議されてきた。60年代のホーキングの、「古代の天文観測所」という説は一世を風靡したが、必ずしも明確な根拠に基づいているとはいえず、遺跡の建造年代に関する認識にも致命的な誤りがあり、現在、支持者は少ない。だが、この夏至の日の出と冬至の日没を結ぶラインに沿った設計に関しては専門家でも異論を挟む者はいない。かつてストーンヘンジはブリトン人のドイルド教の施設だったと誤解されていた時期があり、夏至の朝にはかつてドイルド教の継承者を自任する宗教団体などがサークル内で儀式を行っていた。